「福音が届いていない人たちはどこにでもいます。」
ブリアナ・オークリー著

もしかしたらあなたは、海外宣教に使命を持ち、福音を伝えるために他の国に出ていく機会がある人かもしれません。あるいはあなたは、自分が育った場所で仕事をしている人かもしれません。

どちらの場合も、私たちは皆、それぞれの場所でイエス様を知らない人々と接します。
彼らにとって、イエス・キリストを信じ福音を伝えることができる知人は、私たちだけかもしれません。

 私たちの周りにはイエス・キリストを知らずに神様との関係を持っていない多くの友人や家族がいて、その人たちのことをすぐに思い浮かべることができるでしょう。 私たちが福音を伝えたとしても、それを聞いて受け入れる心の準備が整っていなかった人々がいます。 またある人々は、自分たちをキリスト教徒であると考えたり、あるいは教会で傷つけられたという経験があるかもしれません。

 また多くの人々はイエス・キリストからの満ち溢れる恵みを味わうことよりも、この世が与
えてくれるものに心が囚われてしまいます。 あるいは善なる神がいるなら、なぜこのような悪いことを許容されているのかという疑問に苦しんでいる人々もいます。 十分な答えを見つけられないまま、これらの人々の幾人かは、神は信じる対象ではないと決めつけてしまいます。
こういったことは人が福音を拒否してしまう理由の一部です。
 

 すべての状況において、友人たちや家族に真理を伝えるためにあらゆる機会を利用したと言ったら、私は嘘をつくことになるでしょう。 私がこれらの質問に対して答えを持っているふりをすることも正しいことではありません。 私の人生に関わっている一人一人のために、できるだけ頻繁に、熱心に祈ったとも言えません。
かつて福音を伝えた時に拒否され、それがまた確実に起こるかもしれないと思いながら、大
胆に信仰を持って福音を伝え続けることは難しいことです。 事実、私たちは心から愛している人たちに拒絶されたくはありません。
 

 しかし、聖書では私たちキリスト者は世に拒絶される者であっても、神の真理を伝えるために、神によって選ばれ遣わされた者であると教えています。
ローマ人への手紙10章13節では「主の御名を呼び求める者はみな救われる」と宣言しています。

私たちが自分の人生に関わっている人々を本当に愛し、心にかけているならば、自分の評判よりも彼らの救いをはるかにもっと大切にするはずです。


 イエス様は弟子たちに、最初に世がご自身を憎んだことを思い起こさせ、このように言われました。「世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。もしあなたがたがこの世のものであったら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではありません。わたしが世からあなたがたを選び出したのです。そのため、世はあなたがたを憎むのです。 」(ヨハネ15:18~19) 私の肉は必死に世に受け入れられることを望んでおり、世に拒絶されることに甘んじるのは難しいことです。 しかしそれよりも父
なる神によって認められて神の御国に迎え入れられることの方が、どれほど素晴らしいことでしょうか。
 
 使徒ヨハネは、ヨハネの黙示録で神の御国についてこのように描写しています。「その後、私は見た。すると見よ。すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大ぜいの群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持って
いた。彼らは大声で叫んだ。『救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。』

御使いたちはみな、御座と長老たちと四つの生き物との周りに立っていたが、御座の前にひれ伏し、神を礼拝して言った。『アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、私た
ちの神に世々限りなくあるように。アーメン。』」 (ヨハネの黙示録7:9~12)

 私たちのために用意された未来のために主を賛美します。 私たちが人から拒否されることを恐れるがゆえに、神の祝福と受け取るべき相続を自分自身のためだけにとっておくのなら、それは恥ずべきことでしょう。

まだイエス・キリストを知らない人たちと、主の真理と祝福を分かち合って、大胆に信仰を持つことができますように。それが私たちの祈りとなりますように。 天の御国の神の御座のまわりに、彼らが加わることができますように、私たちは行動します! 


「TWR 希望の女性たち」Marketing & Communications Coordinator.(マーケティング&コミュニケーション コーディネーター)

ブリアナ・オークリー
https://www.twrwomenofhope.org/staff/brianna-oakley